森北出版株式会社
i-mode site
書籍検索 月別新刊 ダウンロード テキストご検討の先生方へ ご購入方法 採用情報
http://www.morikita.co.jp
書籍検索
カテゴリ検索
科学一般
数学
数値計算・計算力学
理学
計測・制御
工学・技術一般
経営工学
土木工学
建築学
機械工学
電気・電子工学
情報工学・コンピュータ
インターネット
環境
語学
宗教・その他
ハンドブック・辞典
FD/CD付きの本
オンデマンド本
コピーするには・社告
談話室
新刊案内メール
お問い合せ
会社案内
アクセス
リンク
プライバシーポリシーとサーバ運用のご案内
ENGLISH PAGE
i-mode site

「創造的認知」
まえがき詳細目次


本書に寄せて

 創造性の研究ばかりか,その実務的活用に深く踏みこんだこの訳書は,非常に有益な最近の快著として,充分推薦に値する.

 ひとりひとりの人間が,そうして社会全体が,これ程までに創造性を発揮することを求められた時代は,人類史が始まって以来,まったく未曾有の大事件に違いない.しかも「創造」とはいったい何なのか,本当のところは誰にもわかっていないようである.

 この本の著者たちは,ふつうの人間の認知活動については専門家たる三名の心理学者である.そういう人たちですら,この書に盛られた研究を,「創造」の定義から始めなかったと述べているのは,まことに賢明というべきであろう.しかも彼らはさらに賢明にも,専門の心理学的な実験の手続きを,創造的思考の研究に適用する方法を工夫し,実践してみせたのだった.それまでは,実験室内での創造性の研究方法は,心理学の分野では不明だったという.

 著者たちの意図は,そもそも人間がいかにして優れたアイデアを創りだすかを,はっきりさせることだった.つまり,普通の認知活動ではなく,創造的認知のプロセスや構造を探ることだった.ところが探求の結果は,「ふつうの」認知の諸プロセスが,創造的認知の背後にあって,いかに創造的認知の向上に役立つか,それを実験的に実践して,そのメカニズムのモデルを提供できることとなったのである. もちろんここでは,創造的な人間そのものでなく,そういった人びとの認知活動に焦点を合わせたのである.その結果,恐らく最大の成果は,「ジェネプロアモデル」というものを創造したことである.

 すなわち,価値の高いアイデアを生みだすプロセスで,アイデアの生成プロセスと探索プロセスとを,はっきり区別はできるが,相互に作用しあうプロセスと考えることである.この両者を分離し,しかも取り換えつつ発想する利点が,このモデルで強調されている.この独特の造語の「ジェネ」は創生を,「プロア」はエキスプロア,すなわち探索を指しているわけだ.

 著者らは,この研究の目標のひとつは,より創造的に考えようとする時,誰でもが利用できる技法を開発することであるという.だからまた,認知的諸過程・創造的認知・創造的産物を関係づける,包括的な情報処理モデルの開発にも努力したのだという.そうして「ジェネプロアモデルは,創造的認知について考えるための,価値ある理論的枠組みを提供できると信ずる」と,自信をもっていい切っている.

 また,ジェネプロアモデルに結集する,問題解決に洞察的な解をもたらす,これらの方法の実践的多産性とその大きな社会的意味に,著者らは自信満々で,認知科学者にも通じる,創造性についての共通言語たり得るとする.特定の創造的産物が偉大かどうか,木はその実によって知られるといわないばかりの表明の中にも,私はその自信を感じた.

 著者たちが,「創造性の評価が,単に個人的選好の問題だとか,勝手な取り決めだという考えを,われわれは拒否する」と論じ,あるいは,創造的な認知や発見は,総合的・組織的に行われるべき性格を宿したものであると言及する時,私は同感する者である.しかし,創造性の探求というものは,それと同時に,あえてフワフワとしたアプローチにも悠然たる活動の余地を残しておいた方がよいのであるまいか.

 私は,創造性の問題そのものズバリに関わる「KJ法」という情報処理の方法論を創始した.そのアイデアの発端は1951年である.しかし,私ひとりの中で使われたままで,社会的には16年間居眠りしていた.ところが,日本の高度経済成長期の強い要請から,1967年に至り,KJ法のれっきとした研修コースつきで,日本社会に迅速に普及しだしたのである.これがきっかけとなって,日本では「創造性」をめぐる思想・用語・ノウハウが氾濫する時代がやってきたのである.

 そこで私は,この訳著に推薦の辞を贈るこの機会を利用して,次のような提案を語ってみたい.すなわち,上記のように,1967年以来日本では,創造性開発は重要なテーマとして,社会的に相当な努力を蓄積した経緯がある.KJ法に引き続いて同様に大きく波紋を社会に投げかけたNM法などは,創造的アイデアの発想法として,本書の狙いともほとんど重なってさえいる.にもかかわらず,日本でのこれらの蓄積は,訳者序文の語るように,海外に渡るとそれ程知られていない.

 そこには,日本側の怠慢もあろうが,海外の側の怠慢も大いにあろう.日本が海外,特に欧米の文化を消化するのにどれだけ涙ぐましい努力を払ったか,欧米の方々は少しは反省して頂きたいものである.英語で,英語系の人びとにとって合理的な方法で紹介するのがあたりまえといった姿勢では,欧米人の非民主的なエスノセントリズムであると日本人から思われても仕方がなかろう.

 だから私の提案というのは,この本の著者の方々をAとし,私がよく知る日本の適任の有識者グループをBとし,まずはこのA・Bが創造性研究をめぐる両グループの蓄積を紹介しあう,国際的な交流の広場をもってはいかがか,ということである.ちなみに私は,近年発足した「日本創造学会」の初代会長を引きうけた経緯もある. 加えて,訳者の小橋康章氏は,私がKJ法を初めて本格的に織りこんだ社会事業たる「移動大学」という試み(1969年)の第一回の参加者であった.さらに,本書のような爽やかな訳書を完成して頂き,深く敬愛を寄せる友である.こういうアイデアを提案する気になったのも,ひとつにはそのせいである.

 著者らは次のようにこの著をしめくくる. 「人間に可能な最も重要なことは,たぶん創造的であること……その彼方には何があるのだろうか」こう問いかけるところに,私はアメリカ的風土のたまらない魅力を感じ,かつそれに敬意を表すものである.
 1999年7月
川喜田二郎


日本の読者へ

 創造性について書かれてきたことの多くは人々の間の相違に集中しています.そこでは,「どの人々が最も創造的で,どの人々が最も非創造的か」とか「どんな性格特性が創造性と最も相関が大きいか」が問われます.

 わたしたちの創造性へのアプローチは,これとは大変異なったものです.人々そのものにではなく,わたしたちは人々の認知に焦点を合わせることにしました.つまり,創造的なアイデアの発生にかかわる心的なプロセスにです.アナロジーの使用,概念の結合,重要の記憶内容の評価といった認知のプロセスが,創造的なアイデアの産出の基盤にあります.

 このような観点のもとでは「創造的なのは誰か」という問いは,「創造的な認知的処理に携わっているのは誰で,そうした処理はどのように機能しているのか」という問いにとって代わられます.「創造的認知」で私たちが論じる認知プロセスは,創造的な産出物を組み立てるために使われますが,これらのプロセスのいずれも特に風変わりなものや希少なものではないし,少数の特別な天才だけが実践するものでもありません.これらはどんな人々でも日々の生活で定期的に使っているのと同じ,普通の認知プロセスなのです.

 たとえば,あなたが仕事に向かう途中で思いがけない交通止めに出会って,新しい道順を思い浮かべなくてはならなくなったとしたら,あなたは視覚化を創造的に利用しているのです.以前に一度も見たことのない何かを記述する時,言語の創造的な使用が必要になります.

 「創造的認知」では,わたしたちのその後の本(The Creative Cognition Approach, MIT Press, 1995; Creativeity and the Mind: Discovering the Genius Within, Plenum Press, 1995)と同様に,真に創造的なアイデアの生成において「普通の」認知プロセスがどのように使われるかを指摘しています.この本は創造的思考のレシピや公式を教えるものではありません.むしろ,創造的思考の科学的分析をねらいに,まず第一に認知科学者のために書いたものです.しかし,本文を理解するために 認知心理学をそれほど深く勉強している必要はありません.

 この本では,創造的思考という偉大な営みに,どれくらい多くの個別の認知プロセスや認知構造が関与しているのかを考察します.視覚化,概念化,記憶,推論,問題解決といった認知活動について考えます.そしてさらに,交互に影響しあいつつ,単純な「発明先行形状」を生成し,そうやって生成したものの限界や拡張の可能性を探索するという二つの段階を記述する,ジェネプロアモデルと呼ぶ一般的なモデルを提案します.

 もし誰でもが創造的に考えることができるのだとするならば,なぜわたしたちみんなが創造的天才のように行動しないのでしょうか.  この問いへの答はとうてい単純なものではありません.とはいえ,その答の重要な一部分は見つかっています.暗黙のうちに自分自身を制約するような仮定をおくことで,わたしたちは時に能力をじゅうぶん発揮できなくなるのです.自分では認識することが非常に難しいこうした仮定が,私たちが人間としての可能性の極限に到達することを妨げているのです.

 とするなら,創造的な態度とは,行き止まりに入り込んだとき,こうした暗黙の仮定を積極的に探し出す態度にほかなりません.創造的な態度とは,こうした暗黙の仮定の妥当性と必要性を問い直し,それに挑戦する態度のことです.

 創造的な態度が仮定するのは次のことだけです.

         Anything is possible(可能でないものはない).

1999年5月5日
テキサスA&M大学心理学科
スティーブン・スミス


訳者序文

 絵を描くのが大好きな子供だった訳者は,高校時代に時実利彦氏の「脳の話」や中山正和氏の「カンの構造」に出会い,創造的思考という一見複雑で高級そうなこころの働きが,所詮は脳というモノに支えられており,単純な操作の組合せで実現されているらしいことを知って,感銘を受けた.大学に進んでから,教養課程の政治学の教授が推薦してくれた「パーティー学」という本から,チームワークと創造的思考の間に関連があることを知った.大学紛争の最中,毎日のように同じスローガンを聴かされ,学生同士の議論も必ずしも生産的なものとは言い難かったとき,異質な人と人,データとデータの相互作用から新しいアイデアが生まれるという説は,一服の清涼剤ともいえるものだった.

 この説の主唱者が川喜田二郎という東京工業大学の先生で,黒姫高原で移動大学と呼ばれる新しい試みを実施する計画だと新聞で読み,資格年齢に達していなかったにもかかわらず,応募した.こうしてKJ法に出会った.

 KJ法は川喜田先生が発明されたアイデア生成の方法で,我が国では産業界,学界を問わず広く実践されてきた.しかし,そうした方法があることも,その方法にかかわる理論も,そしてそれが日本で実践されている事実も,いったん海外に渡るとそれほど知られていない事実に気づく.

 創造的な活動そのものや発想技法の実践をさらに一歩進めようとする人たちには,そうした活動や実践の基礎に横たわる個人の心のメカニズムについてのヒントが得られるだけでなく,広く海外の人々に,彼らが理解できる合理的なことばで,KJ法を初めとする我が国の独創的な発想法や創造性研究の成果を伝えるための枠組を与えてくれる本が必要だった.また内外を問わず,人間の認知機能やそれを増幅する方法を理論的に研究している認知科学者にも通じる,創造性についての共通言語の開発が待たれていたと思う.  認知科学者の側では,高次の認知過程,とくに創造的思考のような扱いにくいものにまで,関心が向けられるようになってきており,さまざまな発想支援システムが提案されている.本書はその基礎をなす認知メカニズムのモデルを提供し,実証的な裏付けを与えるものである.創造性は個人の努力にも,資質にも,またチームの協力的な活動や社会的,文化的な環境にも支えられた多面的な現象であるはずだが,とくに個人の認知にかかわる側面では,本書,「創造的認知」がきわめて有用だろう.

 「創造的認知」の原著はテキサスA&M大学の心理学者,Ronald A. Finke,Thomas B. Ward, Steven M. Smithの3氏の共著になる,"Creative Cognition:Theory, Research, and Applications"The MIT Press, 1992である.この本の背景にある考え方は,著者の一人であるスミス博士が寄せてくれた「日本の読者へ」に要領よくまとめられているので,ここで繰り返す必要もないが,視覚や視覚的なイメージ(フィンケ博士),発達や想像(ウォード教授),記憶や問題解決(スミス博士)といった,心理学の中でも異なる専門分野をもつ著者らが,創造性や発想の基礎をなす認知的なメカニズムの解明を試みた野心的な仕事である.その特徴は

(1)ジェネプロアモデルという創造的認知プロセスの一般モデルを使って,これまでの認知心理学の成果と創造的思考の認知的メカニズムを統合的に説明していること, (2)心理学的な実験の手続きを創造的思考の研究に適用する方法を工夫し,実践して見せたこと,

にあり,この点で認知科学書としても,創造性に関する本としても類をみない.ジェネプロアモデルは,新しいアイデアやものの発明に先行するパターンの生成とその探索という二つの段階を表現していて,生成検査法(Generate and Test)という人工知能の古典的な技法と形の上では似ている.しかし,どちらの段階もこの技法の二つの段階よりはるかに複雑で,特に探索段階が単にあらかじめ性質のよくわかった解の発見ではない点が特徴的である.

 どんな興味から本書を手にとったかたも,著者たちの目的とこの本の視野が記された第1章と,創造的認知アプローチの基本的なモデルが説明されている第2章を注意深く読んだあとは,視覚的イメージ(第3章)でも,想像(第6章)でも,記憶(第8章)でも,自分が最も関心をもつ分野を扱っている章を入り口として進まれるのがよいだろう.それぞれの章の内容は第1章第5節に要約されている.さらに,モデルの主要なコンポーネントのそれぞれと,主にそれらを扱っている章との対応関係を示す表を用意したので,これも必要に応じて利用していただきたい. 訳文は平易であるとともに,認知科学の標準的な言葉づかいから外れないように留意した

 このため日本認知科学会のメンバーである理工系,文科系双方の研究者の中から,石崎俊(慶應義塾大学),楠見孝(東京工業大学),鈴木宏昭(青山学院大学),野口尚孝(千葉大学)の各先生に原稿のチェックをお願いし,また,石崎研究室の学生である伊藤英二,竹下公一朗,坂口琢哉,小林賢治,石澤賢,秋友美穂の諸君にも試し読みをしていただいた.この場をお借りして深く感謝したい.訳文がわかりやすいものになっていればこの方々の貢献であるし,まだ難点が残っているとするならそれはもちろん訳者一人の責任である.

 専門の用語は訳語に原語を添え,外国人名のうち明らかに文献を指示している思われるものについては,原語で記載した.これは本書を手がかりに英文の文献を参照しようとする方々への配慮である.また,心理学や研究法の用語で一般の読書になじみのない恐れがあるものについては訳注をつけた.あるいは違和感をもたれる方があるかも知れないがお許しをいただきたい.

 森北出版株式会社の星野定男氏と石田昇司氏からはこの訳書の実現に向けて根気の良いご支援をいただいただけでなく,こうした細かい点についてもご理解をいただき感謝している.

 訳書をどなたかに捧げるというようなことを訳者がしてしまっていいのかどうかわからないが,発想法の精神を教えて下さった川喜田二郎先生に感謝の気持ちをこめてこの本を翻訳したことを記しておきたい.

1999年6月6日 小橋康章 先生のホームページ
http://www.kt.rim.or.jp/~kobashi/


目 次

本書に寄せて  川喜田二郎

日本の読者へ  スティーブン・スミス

第1章 創造的認知への序説
 1.1 概観
 1.2 創造的認知の目標
 1.3 創造性の神秘さを除く
 1.4 創造性へのこれまでのアプローチ
 1.5 創造的認知の諸領域

第2章 理論的方法論的考察
 2.1 一般的モデル
 2.2 創造の機会を構造化する
 2.3 実験手続と統制
 2.4 動機づけ要因
 2.5 創造の産物の評価
 2.6 創造性評価の一般的問題
 2.7 要約

第3章 創造的視覚化
 3.1 心的合成と変形
 3.2 心的イメージの創発的諸特徴
 3.3 創造的な視覚的発見
 3.4 創造過程の外在化
 3.5 要約

第4章 創造的発明
 4.1 発明のためのパラダイム
 4.2 発明先行形状
 4.3 創造的洗練
 4.4 要約

第5章 概念合成
 5.1 創造的な概念
 5.2 概念結合
 5.3 比喩
 5.4 要約

第6章 構造化イマジネーション
 6.1 イマジネーション
 6.2 事例生成パラダイム
 6.3 構造化イマジネーションにおける構造とプロセス
 6.4 もっと大きな構造:スキーマとメンタルモデル
 6.5 高度に創造的な仕事における構造化イマジネーション
 6.6 不要な属性の影響の克服
 6.7 要約

第7章 洞察・固着・孵化
 7.1 創造的認知の記憶メカニズム
 7.2 検索か再構造化か
 7.3 孵化・固着・回復
 7.4 孵化のメカニズムとしての活性化拡散
 7.5 文脈による手がかりとアナロジの利用
 7.6 要約

第8章 問題解決の創造的諸方略
 8.1 創造的推理と探索
 8.2 問題のタイプ
 8.3 汎用の問題解決方略
 8.4 メンタルブロック
 8.5 メタ認知と問題解決
 8.6 拡散的思考
 8.7 ブレインストーミング
 8.8 熟達創造性
 8.9 要約

第9章 一般的な示唆と応用
 9.1 理論的示唆の要約
 9.2 創造的認知の限界
 9.3 創造性訓練のための助言
 9.4 一般的応用分野
 9.5 将来の方向性

参考文献

索引


アップデート:2009/04/08

※Internet Explorer 5.0以上・Netscape 7.0 以上でご覧下さい.
※当サイトに掲載されている画像・文章等の無断転載はおやめ下さい.
Copyright(c) 2003-2007 Morikita Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.