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「理論物理のための 微分幾何学」

まえがき詳細目次


本書を薦める

 本書は理論物理への応用を念頭において,現代の微分幾何学の基礎と,非可換微分幾何学への流れを解説した労作である.微分幾何学の諸概念は,元来,物理学と深く関わっている.例えば,空間内の曲面における「直線」にあたる測地線は,加速度ベクトルが曲面に直交するような点の運動ととらえることができる.このときの速度ベクトルの動きは曲面上の「平行移動」である.現代の微分幾何学では,長さや角度を記述する「計量」という概念を出発点として,それに適合する接続,平行移動,曲率などを定義していく.このような,いわゆる内在的な微分幾何学は19 世紀にガウスの曲面論などをへて,リーマンによって構想されたものであるが,その後,アインシュタインによる一般相対論の確立に大きな影響を与えたことはよく知られている.

 内在的な微分幾何学の概念は,現在では非常に洗練された方法で定式化されている.これらは,諸概念の関係を透明にして理解させるものであるが,はじめて微分幾何学を学ぶ立場から見ると,このような定式化は抽象的に見えてしまい,背後にある直観を読み取ることが難しい.本書ではまず,空間内の曲面の場合に詳しく説明した上で,対応する概念を一般的な多様体上で展開する方法をとっている.これによって,読者は,なぜこのような定式化をするのかという必然性を理解することができるであろう.

 曲面を題材にした直観的理解と,現代数学による定式化の両方がギャップなく述べられているのが本書の特長である.数式の導出が非常に丁寧に書かれているので,読者は困難なく読み進めることができると思う.そして,何よりも,すぐに手を動かして計算を始められるように考慮されている.本書では,あえて多くの物理的なトピックスにはふれることなく,第5章までは重要な基礎概念にしぼった重点的な解説が行われている.これは,話題を散漫にすることなく,第6章以降の主題である非可換微分幾何学への方向性を鮮明にするための配慮であろう.微分形式,計量,接続,曲率などの微分幾何学の概念が非可換代数上で定義され,発展していく様相はダイナミックであり,読者は新しい概念を組み上げていく楽しさを味わうとともに,先端的な研究のスタイルを垣間見ることができる.

 微分幾何学の物理への応用をめざす方のみならず,数学を専攻する学生にも手元において読んで欲しい書物である.
河野俊丈(東京大学大学院数理科学研究科)

まえがき

 数学の分野で生み出されたファイバー束の理論が,物理の分野で発展してきたゲージ理論と実質的に等価であることが判明してから,この理論が急速に進展した.この概念は大変すっきりしていて,イメージが把握しやすいことから,将来新しい理論を構築する際にも大いに役に立つ.そして,その基礎となる微分幾何学は,殊更に重要なものとなっている.理工系の学生は,ぜひとも早い時期に一度学んでおく必要があると思われる.

 ところが現在では,数学書と物理学書にわかれてそれぞれ出版されているのがほとんどなので,純粋数学としての微分幾何,ファイバー束を勉強してからそれを物理理論に応用しようと試みても,これがたやすくはない.物理の方面から微分幾何の数学書を見てみると,予想以上に敷居が高く,大変とっつきにくい.そこをなんとか努力して突破したとしても,今度は現実の物理理論との結びつきがよくわからず,実感がつかめない.実は,筆者らも純粋数学としての微分幾何学を勉強してみたが,すぐには体に(脳に)染み込まず,苦労した.

 また,物理への応用を目的とした既刊書は大変数が少ないうえに,それらはあまりにもさまざまな項目を網羅し過ぎているために,学部学生のような読者にはなかなか理解しにくいと思われる.その理由は,個々の項目のページ数が限定されてしまうために筋道がすっきりしない,数式の導出がきわめて不親切,といったことによる.広範な知識を与えることも大切ではあるが,理解できないのではまったく意味をなさない.

 さらに,物理学において,重力理論の量子化が最重要課題となって久しい.しかし,これまでのさまざまな試みにもかかわらず,満足のいく量子重力理論はまだ構築できていない.この問題は一筋縄では解けなくて,現在,これまでの幾何学の範囲では攻略できないのではないかと考えられている.非可換微分幾何学の知識をどこかで必要とするに違いない.量子重力理論のひとつの候補として提案されている“超弦理論”においては,ある背景場が存在する場合に,非可換な時空が自然に現れてくることがわかっている.

 また,物性物理においても,非可換トーラス上のファイバーを考えることにより,量子Hall効果のHall伝導率を説明することも可能であり,そこにはGauss-Bonnetの定理の代数的一般化が含まれていることがわかっている.このような現状に鑑み,本書は企画・立案された.

 まず前半部では,物理への応用を十分に配慮したうえで,“可換”微分幾何の理論を多様体を土台として順を追ってきちんと解説した.このときできるだけイメージが把握できるように,3次元Euclid空間中の曲面のような理解しやすい事例からはじめて,後に一般化するというプロセスを踏んだ.このような構成にすることにより,微分幾何学が無理なく理解できるようになったのではないかと思われる.たとえば,曲面上の曲線に沿ったベクトル場の“平行移動”の概念などは,たやすくみえて意外にそうではないのである.読者の中には直感的理解に苦しんだ人もいるのではないだろうか.

 そこで本書では,まず第1章において,「ベクトル場の曲線に沿っての変化が法線方向に限られるとき,それは平行移動である」として説明し,直感的理解を得た後で,第2章以降において,それを一般の多様体に関する概念にまで拡張していくことにした.また,初学者のつまずきやすい概念に,多様体M上の点Pにおける接ベクトル空間T P(M)と方向微分からなる実ベクトル空間D sP(M)との具体的関係があるが,これについてもかなりの紙数を割いてわかりやすく説明した.じっくり読んで頂ければ,必ずや理解できると思われる.

 現代的手法による微分幾何の概念は,数学科以外の理工系の学生にとっては敷居が高く感じられるものであるが,論理の飛躍を極力押さえることによってこれを取り払った.

 そして,かなり理解が進んだと思われるところで,非可換微分幾何学を取り上げることにした.最初に,通常の微分形式を拡張した形で行列代数上の微分形式を導入したが,これはかなりわかりやすい非可換微分幾何の一例であるので,そこにおいて基本概念をしっかりと把握して欲しい.その後で,量子空間と量子群についての解説に入る.量子空間については,むやみに次元を上げて一般化するのではなくて,2次元(曲面)に限定して説明した.その方が“非可換”の本質が理解でき,物理学,とくに重力の量子論を構築する際に,応用しやすいと思われたからである.また,量子空間の物理学への応用のひとつとして,ゲージ理論の内部空間に量子空間を採用した場合に,“CP不変性の破れ”が説明できることについても触れた.これは面白いトピックとして読んで頂きたい.そして,量子群については,量子包絡代数よりも量子変形群のほうに力点を置いて解説した.ゲージ理論に慣れた読者には,こちらのほうがその本質をつかみやすいと思われるからである.前半部同様,非可換微分幾何においても,論理の飛躍を極力押さえ,面倒な計算もできるだけ省略したりせず,プロセスを重んじ,丁寧に記述した.

 全体を通して,応用するための題材を厳選し,数式の導出を極力省かず,そして式の物理的意味もイメージが湧くように解説を加えてある.したがって,学部学生でもじっくり読んでいけば必ず読破できるはずである.

 読者は本書をただ読むだけではなく,必ず自らの手を動かして,式を追って頂きたい.“Practice makes perfect.”つまり,“習うより慣れろ”である.可換・非可換微分幾何学を物理に応用するためには,単なる概念把握ではなくて,実際に計算ができるということがきわめて大切となるからである.逆に計算ができるようになると,自ずと概念が掴めてくるものである.本書を読破した読者が,

  1. 多様体の基礎を理解し,現代の微分幾何そのものがイメージできるようになること
  2. 非可換微分幾何の意味を理解し,計算手法を身に付け,それを物理学に応用できるようになること
が,実は本書執筆の直接の動機であったことを付け加えておこう.

 ここで学んだ内容や考え方が,多少なりとも皆さんの将来に役立つならば,著者らの望外の幸せである.

 最後に,出版のお世話を頂いた石井智也氏を始めとする森北出版の方々に厚く御礼申し上げる.
2006 年12 月
杉田勝実
岡本良夫
関根松夫


目次

第1章 3次元Euclid空間内の曲線と曲面
1.1 空間内の曲線
1.2 空間内の曲面
1.3 基本形式
1.4 曲面の曲率

第2章 曲面における接ベクトル場と微分形式
2.1 接ベクトル場
2.2 共変微分
2.3 2変数の微分形式
2.4 微分形式を用いた曲面の解析

第3章 多様体
3.1 多様体の基礎概念
3.2 接ベクトル
3.3 接ベクトル場
3.4 テンソル場とその表現

第4章 可微分多様体上の幾何
4.1 共変微分
4.2 捩率テンソルと曲率テンソル
4.3 Riemann接続
4.4 擬Riemann多様体

第5章 微分形式
5.1 微分形式
5.2 引き戻し
5.3 微分形式の積分

第6章 非可換代数上の微分
6.1 Lie代数
6.2 行列代数上の微分形式
6.3 非可換代数上の微分形式
6.4 実制限

第7章 非可換微分幾何学
7.1 計量
7.2 接続
7.3 曲率

第8章 量子空間
8.1 q変形曲面
8.2 h変形曲面とCP不変性の破れ

第9章 量子群
9.1 Hopf代数
9.2 量子包絡代数U q (sl 2 ,C )と量子変形群SL q (2 ,C )

付録A ベクトル空間
線形写像,双対空間と双対基底,基底の変換,直積空間,多重線形写像と多重線形形式,テンソル積

付録B テンソル
テンソルの型と変換性,縮約,ベクトル間の内積,テンソル間の内積,直交基底,テンソルの型の変換,多重線形写像としてのテンソル

付録C 対称形式と交代形式
置換群,多重線形形式の対称性,対称形式・交代形式の表現,外積,交代形式間の内積,外積代数,Hodge作用素

参考文献

索引

アップデート:2009/04/08

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